本のもつ魅力に出合ったことがある人ならば誰しも感じたことがあるであろう気持ち。書架の並ぶ夕暮れの一室でページをめくる指の感覚と本の匂い。ぞくぞくするような読書の楽しさは物語世界にのめり込むと同時に、紙の質感がもたらしてくれるものだと思っていた。なので電子書籍が出たばかりのころは、読みづらいし味気ないとがっかりしたものだった▼美しい装丁の紙の束を買わずに文字列だけ買う。音楽CDを買わずに曲だけダウンロードするのと同じだ。中身さえあればいいと思えば小さな端末で好きなだけ持ち歩ける。保管する場所もとらずホコリもたまらない。最近は電子のページをめくるのもキレがあっていいなと思ったり、重々しい紙の質感を再現したものに出合ったりもして驚く。夜、消灯した寝室で布団にくるまりながら手の中の端末で読書する。今までできなかった姿勢で手軽に読めるのも楽しい▼物体を伴わない仮想現実的な価値にお金を払う機会が多くなってきた昨今。だが、幼い頃に繰り返し読んだ本を本棚の奥から引っ張り出し、めくったときにあふれてくる感慨は何物にも代えがたい。古びた紙からよみがえる当時の感覚。現実に形あるものの持つ力だ。(里)
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