取材先で特に思い入れの強い地区がある。初めて記者として飛び込んだ場所。先輩から引き継いだわけでなく、ゼロからつながりを結んで、書きたい出来事や瞬間をつかんで逃さないように必死になった▼住民は控えめな人が多いのか、面白い取り組みにも「こんなんが記事になるんかい」と半信半疑。新人の私はどうにか紙面で魅力を伝えようと四苦八苦。それから5年間、記者としての道のりを一緒に歩いてもらった▼「私の隣には常に未熟な自分がいるから初心を忘れる暇がない」とコラムを書いたことがある。未熟さは相変わらずだけど今、私の隣にあるのはこれまで関係を構築してきた人が、言葉とともに明け渡してくれた全て。それら信念や経験、感情は心地いいばかりではなく、ときに複雑な思いや苦い感情を呼び起こすこともある。だからこそ計り知れない価値があり、これ以上ないほど心強い伴走者だ▼ご無沙汰していたその地区にお邪魔した。「また寄ってちょうだい」「顔を見せに来てね」「しっかり頑張るんだよ」なんて声を背に帰路につく。ほとんど暮れた藍色の空、山際にシリウスが昇っていた。冬の大三角が瞬いて、鼻の奥がつんとする▼きっとあすは晴れるだろう。(並)
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あすは晴れ
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