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書き留めるという作業

 群馬大学理工学部の礎を築いた第2代校長の西田博太郎さんが東京帝国大学の学生時代に記した自筆のノートが、同窓記念会館の資料から見つかった。日本が近代化を目指して科学分野の発展に力を入れていた明治の後半、ちょうど1900年前後に綴られた講義の記録である。

 流ちょうな筆記体の英文で実験の方法やその留意点などが丹念に記されており、的確なイラストなども添えられている。

 製本された立派な表紙からは、応用化学の草分けである高松豊吉教授が伝える最新の化学的知識のすべてを聞き漏らすまい、書き漏らすまいとする意志までがにじんでいるようで、ノートの風貌が伝える威風にじっと見入ってしまった。

 戦前、国の最高学府で学ぶ学生にとって、教授から授けられる知識や技術は何ものにも代えがたい貴重な財産だったのだと、改めて思い直した。

 桐生高等工業学校の学生時代、西田さんの特別講義を受講した記憶があるという北山清さんは、「工学部の百年」の中で、講義に臨む姿勢について触れている。特徴のあるそれぞれの教員が伝える講義の口述や板書を、まずはノートに書き写す。そして、その日のうちに清書をして、自らの理解を深める。

 繰り返し書くことで新しい知識を身に付けていくというスタイルは、学ぶ者としての習慣のはずだが、記録やコピーといった道具がなかった時代に自分のノートと頭とに新たな知識を刻みつけるという行為は、いま以上に重要だったはずだ。

 とりわけ科学の分野で、実験データや留意点などをいかに正しく書き残すかという意識は大切。STAP細胞で注目を浴びた小保方晴子さんの事件で、実験ノートの取り方について、そのずさんさが大きな話題となった。事件を受け、群馬大学をはじめとする各大学では、読みやすく分かりやすい、丁寧な実験ノートのつくり方を指導しようという動きも出ている。

 口述の講義には、単なる知識だけでなく、生身の教員が体験から獲得した知恵や情報なども含まれるはず。120年前の講義を記したノートを眺めながら、正しく美しく記すことの大切さを思う。管理する工業会では、現在耐震工事中の同窓記念会館の完成を待って資料を整理する予定だと聞く。現役の学生たちにこそ、ぜひ見つめてほしい資料だとも思うのだ。
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