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賢く利己的に

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 物事は正面ばかり見ていてはかえって迷路にはまってしまうことが珍しくない。ハンドルの遊びのように、ときには気持ちを緩めながら、違った観点から考えていくことも必要である。

 「われわれは他人からなにか言われてムカッとくるのをおさえることはできない。問題はそのあとどうするかなのだ」。本屋の立ち読みで何気にめくったページにそのくだりはあった。

 先が知りたくてさっそく購入したのが動物行動学者・日高敏隆さん(故人)の「人間はどういう動物か」だ。動物学的見地から人間を問うた一冊である。

 近年の動物行動学は「利己的な遺伝子」という考え方に基づいている。動物の遺伝子は攻撃性を宿す。自らの遺伝子をできるだけたくさん残そうと勝手にふるまい、弱肉強食の中で残酷に生きている。けれど、同じ種のおとな同士の殺し合いはあまりやらないそうだ。「ある意味では人間よりもずっと道徳観がある」と日高さんはいう。

 利己的なら、相手を殺してしまったほうが自分は安泰でいられると考えがちだが、利己的に徹するならそういう行動はとらないと、研究者は分析する。

 なぜならば、相手を殺すような戦い方をすると、場合によっては自分も殺される可能性がある。それは損だからだ。相手を殺すか殺さないかではなく、自分が殺されるかもしれない、損だからやめておこうと、お互いに思っているから、結局、殺し合いにはならないのだと。これは動物行動学から出てきたひとつの逆説だと紹介していた。

 人の命の重さを忘れてしまったかのような犯罪が後を絶たない。経験の豊富な先輩たちですら「人の命の大切さをどう位置付けて訴えればいいか、正直わからなくなる」と本音を漏らすこともしばしば。どのような世の中になればこうした悲劇が影を潜めるのか、出口がなかなか見いだせずにいる昨今である。

 また国際関係においては、強権的な発言や行動が勢いづいている。それぞれに社会のひずみを抱えた国家の論理のぶつかりあいには引くに引けない事情がつきまとい、次の出方がさらなる緊張をあおるという構図だ。

 だが先の日中外相会談のように、互いの主張は譲らなかったが、関係改善に望みをつなぐ働きかけがあって、ほっとした人も少なくなかったはずである。

 「賢く利己的に生きる」。本の言葉が示す意味を考えた。
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