観光地をめぐった2泊3日の旅の最終日、連絡船で伊勢湾に浮かぶ「坂手島」へ向かった。他の離島とともに紹介されていたけれど、行ってみれば観光色はない。だからこそ、この旅で最も印象深い地になったのだろうか▼車も信号もない島では、ときおり釣り客を見かけるくらいで、あとはお年寄りが行き来する。人口約250人の島民はほとんどが顔見知りで、見慣れない人間に不思議そうな表情を浮かべる▼「不審者に思われちゃいけない」。到着してすぐにそう思ったから、すれ違う人に必ずあいさつした。冷たい海風にあおられた半端な笑顔で、ひたすら「こんにちは」を交わす▼たったそれだけのことでも互いの距離は縮まるようで、島ではとにかく歓迎された。玄関先でお茶に呼ばれて世間話をしたり、特産のワカメを大量にもらったり。前日にめぐった観光地より、よっぽどもてなされた気がする。たかが「こんにちは」、されど「こんにちは」▼戻る船の中で「マンション地内のあいさつ禁止ルール」なんて話題を思い出して、首をかしげた。状況が違うと言われればそれまでだけど、あいさつしたからこそ愛着を覚える土地ができたのだ。私はきっと何度も、坂手を思い出す。(並)
関連記事:
↧
もてなしの島
↧