40年も前の話だが、近所にある砂防ダムの沼で見たことない魚が釣れると、仲間内で話題になった。えさはどんなものでもいいらしい。ソーセージを小さく切って釣り針につけ、糸を垂らしてみるとすぐに当たりがある。引き上げてみると、縦に縞模様のある熱帯魚のような魚がかかっていた。魚の名はブルーギルで、北米が原産らしいと、これは後に知った話である。
通常、生物は環境への適応をはかりながら、その生息域をゆっくりと変化させる。風や昆虫、鳥たちに運ばれた種子が芽を出し根を張り、生息域を拡大し、その後を追うように動物たちが生息の範囲を広げる。
人の営みが、こうした変化のスピードを速める一因であることは間違いないが、気になるのはその速さ、繁殖の力である。
例えば、最近はスーパーなどでも見かけるホンビノス貝は、もともと北米大陸に生息している二枚貝だった。海を航行する船がバランスをとるため、重りとして船底にバラスト水を積載するのだが、この水にまぎれてはるばる日本まで運ばれ、東京湾などで繁殖したのだと、市場の担当者から聞いたのは、10年ほど前。まだ最近の話である。
人が経済活動をすればどうしても、動植物に影響を与えることになる。靴底や自動車のタイヤについた土は種子を運ぶだろうし、植栽用の植物を輸送しながら、その葉や枝についた昆虫の卵なども合わせて運んでいるケースもあるだろう。琵琶湖産アユの稚魚を放流する際に、一緒にほかの魚種まで放流してしまう事例にも遭遇している。
最近は庭木としてかんきつ類が盛んに植えられるようになったが、こうした環境が西日本の蝶だったナガサキアゲハの生息域拡大に一役買っているのだと、そんな話も耳にした。
もちろん、運ばれた生物がその地に適応して繁殖するにはそれなりの環境が欠かせないが、急激な温暖化は南方からやってくる生物たちの繁殖を助長している。地球温暖化もまた人の営みがもたらした環境の変化なのだとすれば、彼らは人の営みを巧みに利用しているわけだ。
今、通り沿いのあちこちに、オレンジ色のナガミヒナゲシが花を咲かせている。これもまた地中海が原産の植物だという。
生物の生息域が変わることで、私たちの暮らしにこれからどんな変化が現れるのだろう。注意深く観察を続けたい。
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