将棋の最年少棋士である藤井聡太さんがデビューから半年間、一度も負けることのないまま、公式戦29連勝に到達した。
どんな分野であれ、勢いのある若い力の台頭は、私たちの日常に新しい風を運んでくれる。世間の注目を浴びる中、14歳の中学生が落ち着いた指し回しで勝負所を逃さず、接戦をものにする姿や、対局の後で見せるうれしさと恥ずかしさの同居する表情に、すがすがしさと頼もしさを感じずにはいられない。
その一方、半世紀以上にわたりトップ棋士として活躍してきたベテランの加藤一二三さんが、現役を引退するというニュースにも触れたばかりだ。
藤井さんは昨年、デビュー戦で加藤さんと対戦しており、このときも話題になった。運動能力が大きなウエートを占めるスポーツの世界では、全盛期が短い分、こうした新旧世代交代の瞬間を目撃する機会は多い。
一方、将棋や囲碁のように、体力にとどまらず、経験の蓄積がものをいう分野では、これほどドラマチックな世代交代劇に立ち会えること自体がまれだ。
生物学者の福岡伸一さんがテレビ番組で「動的平衡」という概念を紹介していた。生物のからだを構成している物質は、古いものが壊され、新しいものが作り出され、それらがつねに入れ替わり続けている。昨日の私と今日の私は何も変わっていないようで、じつは違う生物になっているというのだ。
入れ替わる量が均衡していれば、見かけ上の変化はない。それが崩れ、壊れる量の方が増えれば、老いという現象が顕著になり、成長期はその逆の現象が起きていることになるのだろう。
将棋界でとらえれば、新しい人が登場し、力の衰えた人が去るという、単純な構図なのかもしれない。平衡状態のようにも見える。が、こうした状態がどんな分野でも起きているのかといえばそうでもあるまい。
ある分野で次代を担う若手が不足すれば、別の何かで補う必要がある。それが人なのか、工作機械なのか、はたまた人工知能を搭載したロボットなのか、分野によって異なるのだろう。
人工知能と将棋の名人による対局も話題となったが、人工知能に棋士の代わりは務まらないと、敗れ去る名人の表情を眺めながら思った。強さとは置き換えがたい魅力が、生身の人にはある。昨今の将棋界の話題にはこうした魅力が詰まっている。
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