「東海(ひんがす)の小島(こずま)の磯(えそ)の砂(すか)っぱで/おらァ泣ぎざぐって/蟹(がに)ど戯(ざ)れっこしたぁ」
「稼(か)せぇでも/稼(か)せぇでもなんぼ稼(か)せぇでも楽(らぐ)になんねァ/じィっと手っこ見っぺ」
「一握の砂」や「悲しき玩具」所収の石川啄木の短歌を、東北の土地言葉に訳して読むこと100首。歌人の感情や情景が具体性をもって生き生きと立ち上がってくる。桐生出身の詩人、新井高子さん(1966年生まれ、埼玉大学准教授)編著による「東北おんば訳 石川啄木のうた」が、未来社から刊行された。東日本大震災をきっかけに、三陸大船渡での催しに集ったおんば(おばあちゃん)たちとの共同作業の成果だ。
大震災後「詩にも何かできないか」と日本現代詩歌文学館(岩手県北上市)の協力で仮設住宅の集会室などに通い、9回にわたって行われた催しで「おんば訳」が進められた。
巻頭歌の「東海の…」とは、泣いている「われ」とは。震災から3年半たっても生々しい傷が広がる現地での、気晴らしの催しのはずだったという。ワイワイおおどかに、ときに大笑いしながらの「訳」にはしかし、「おんばたちの大粒の涙が感じられてならない」と新井さん。啄木の優れた歌はどこでも、だれでも抱き寄せて、訳した人自身の詠嘆を乗せる。
俵万智さんは帯文で「訳というのは、単なる言葉の置き換えではない、心の共有なのだと感じました」と記した。
「石っこでぼったぐられるみでァに/ふるさど出はった悲すみァ/消(け)ぇるごどァねァなぁ」
複雑な音色に宿る、故郷を追われたつらさ。
「せづねぇのァ/あの白い玉みだいな腕(けァな)さ残(のご)した/チュウの痕(あど)だべ」
啄木のキスの痕がほの紅なら、おんばの分厚い唇でチュウされた痕は紫色か。
一首ごとに臨場感あふれる解説があり、さらにユニークなのはQRコードがついていて、おんばの声で読むのを聞くことができる。文字では表現不能なニュアンス、一人ひとり違う言葉のありようを実感させてくれる。
新井さんはさらに「地べたの近くで、具体性豊かに物事を語れる言葉とそれを操る人間はどこにでもある」と、地域性を超える普遍性を見いだしている。
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