深刻な危険事案「重大インシデント」に認定された東海道新幹線博多発東京行き「のぞみ34号」のトラブルは、いつもと違う状況に乗務員も乗客も気づいていたのに、列車停止の判断ができぬまま、名古屋駅まで走らせてしまったという話である。
点検で見つかった台車の亀裂は危機的状態だった。安全がないがしろにされたという指摘に平謝りのJR西日本だが、気になるのはやはり、なぜ停止の判断は遅れたのか、人々の違和感はなぜ軽んじられたのか、だ。
人の五感は、私たちの安心安全な暮らしの支えである。危ないものを見極め、異音を聞き分け、異臭をかぎ分け、硬軟や温度差を触れて感じ取り、もちろん味覚も大事を察知する。
五つすべてがそろうまでもなく、一つでアレッと思い、二つで不安になり、三つになれば明らかに次の行動を起こすのが私たちの常識である。今回のトラブルでは、異臭と異音、見た目の異変を訴える乗客もいたというから三つそろっていた。それでも運行を続けてしまった。
運行中止の判断は名古屋駅で停車して床下を点検し、油漏れや亀裂が見つかった後だ。裏返せば、それ以前の異常報告では床下点検の対応に至らなかったということであり、結果的に人の感覚は軽んじられていたと思わざるを得ないのである。
日本の科学技術の粋を集めた新幹線は世界から高い評価を得ている鉄道である。時間に正確な運行への自負と安全システムへの自信。より高度に複雑化していく技術は、人の判断が入り込む余地をどんどん狭めることによって精度を上げていくという考え方に立っているようだ。
そのことが間違っているとは思わない。ただ、道具を生かすのは人である。その本質は揺るがないのだから、偏りの是正には常に神経を払っていきたい。
それは、科学技術に頼りすぎて五感の判断をどこかないがしろにしている私たちの日常にもいえることである。スマホに夢中で周りの状況が目に入らないとか、イヤホンで周囲の音を遮断していても平然と外にいられるとか、さらには自分の味覚判断と賞味期限の関係とか。
同社は今後は複合的な異常が発生した際は直ちに運転を見合わせる判断を徹底するという。
重大事故にならなかったというのは幸いだった。二度とこのようなことが起こらぬよう、教訓として、心してほしい。
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