創刊して71年になる桐生タイムスの紙面で彼女の話題はいったい何度取り上げられてきたことだろうか。桐生が岡動物園のゾウのイズミである。タイに生まれ、2歳で来日し縁あって桐生にきたのが1964年。以来半世紀余、ニュースのないときのイズミ頼みで歴代の記者が彼女には随分世話になってきた。
69歳だった井の頭自然文化園のはな子が死んで、61歳のイズミはメスのゾウとして国内最高齢になった。はな子を超える存在になってと、市民はさらなる長寿を願っていることだろう。
いま話題沸騰の江戸の画家伊藤若冲に「白象群獣図」(紙本墨画淡彩)がある。享保年間に日本にきたゾウを若冲は少年時代に見たといわれるが、この絵のゾウのまつ毛が実に長く魅力的なのだ。実際のゾウの目がどうのこうのではなく、人が見て直感するゾウの目は確かにこんなふうかもしれないと、何ともしっくりくる作品である。
初渡来は室町時代である。かといって、いつでもどこでも出合えるという動物ではない点において、むかしもいまも事情はさして変わっていないはずだ。
戦時中、上野動物園のゾウたちは殺処分された。このかわいそうなゾウの物語が絵本になったとき、イズミはすでに岡公園にいた。これを読んだ市民は例外なく、イズミの姿を思い浮かべ、しぐさをかみしめながら、イズミのあの目に戦争の理不尽さを学び、反省したことだろう。
身近な存在感は、心の物語を格別なものにする。ひときわ大きなあのからだに向かって、これまで数え切れない人が何かを語りかけ、そして、あの目を見て、何がしかの答えをもらって帰っていった。自問自答は動物や植物を経由することで心の癒やしとなっていく。救われ、励まされた人は多いはずである。
桐生に着いたとき、ゾウ舎に入るのを嫌がって駄々をこねた若かりし日。子どもたちのために芸を覚え、そうした一部始終の面倒を見続けてくれた飼育員を不幸な事故に巻き込んでしまったとき、イズミがどんな悲しい気持ちでいるかを、市民はその目を見て深く慮ってきた。
何も語らず半世紀、悲喜こもごもの体験を積んできたイズミには、これからも身近で、私たちの心を受け止めてくれる存在であり続けてほしいのだ。国内最高齢のメスのゾウに会いに桐生に足を運んでくる人もきっと増えてくるに違いない。
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