桐生新町重要伝統的建造物群保存地区を象徴する有鄰館(旧矢野蔵群、桐生市指定文化財)と酒屋小路をはさんで南面する「旧前原邸」が、観光の一助として利活用される。矢野(鑓田実社長、本社みどり市笠懸町)が桐生創業300年記念事業の一環として買い取った。鑓田社長は「雨漏りなど修復が必要だが、古い歴史的景観を生かして役立てたい」としている。
旧前原邸は約170坪(560平方メートル)あまりの敷地に木造平屋建て母屋と連続する2階建ての石蔵、稲荷社、井戸屋形などを有し、酒屋小路側に板塀が連なる。重伝建の伝統的建造物特定物件。
歴史をさかのぼれば武士で画家の渡辺崋山の妹が嫁いだ岩本家があり、天保2年(1831年)秋に崋山が長逗留した。岩本茂兵衛は絹買継商として栄えたが、崋山おいの4代目、一僊が「文化道楽」で、その没後、5代目のときに前原傅次郎に売却している。売買が明治8(1865)年であったことが今回、前原家の金庫に保管されていた証文から判明した。
前原傅次郎は織物製造業を営み、その長男悠一郎は日本絹撚を創業し社長をつとめ、父の死後に宮本町に転居。代わって悠一郎二男の一治が神戸川崎造船所を退社し帰郷。戦後は「文化市長」として活躍し、桐生市の名誉市民第1号だ。
由緒ある土地建物であり、岩本家から前原家に売買された際の証人には「矢野喜平」の名もある。享保2(1717)年に桐生新町に店を構えた近江商人矢野久左衛門の8代目にあたり、矢野が買い取ったのも縁といえる。
鑓田社長は「桐生市の担当課や建築士とも相談して、まずは屋根と床を修理したい」という。今後は「重伝建の入り口であり、有鄰館と一体的。崋山ゆかりの地でもある」と観光に役立てる考えで、具体的な利活用については有識者グループも交えて検討していくことにしている。
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