「去年の今夜はどこかにいたね」とは、桐生に転居したばかりの坂口安吾が色紙にしたためた一文である。安吾忌、東京・神楽坂に出張してそのフレーズを思い浮かべた。去年も同じ場所にいたのだ▼下駄ばきの嵐山光三郎さんも。かつて「文人悪食」のテレビ版で来桐した嵐山さんはトンビをまとい、坂口綱男さんと路地奥を歩いてうなぎ屋へ。「悪党芭蕉」にも助けられたから、新著「漂流怪人・きだみのる」は即買いした▼戦前パリ大学で人類学、社会学を学び、「ファーブル昆虫記」を翻訳。アテネ・フランセで教べんもとったが、空漠の彼方へ向かって歩みつづけた桁外れの自由人。一面の辞書や雑誌や書き損じや腐った野菜などの上に腹ばいになって原稿を書く写真に、安吾以上だと感動した▼今年の安吾忌、嵐山さんは現れず。ある人から八王子の高校時代、きだみのるが講演に来たと聞かされた。さっぱりわからない話だったらしいが晩年は「気違い部落」に許容されたのか▼別の人は石神井の檀一雄邸の取り壊しが始まったと残念そうだった。安吾が滞在中カレーライス100人前を注文し、嵐山さんも通った家。道路拡幅のためだという▼自由よ、来年の今夜は何処に。(流)
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