大川美術館(桐生市小曽根町)所蔵の異色の肖像画「育夫像」4点が、東京都美術館で9日から始まった「戦争画スタディーズ」展で初めてそろって公開された。アメリカンアートシーンの画家として、また従軍画家としても知られる清水登之(しみず・とし、1887~1945年)が、一人息子の戦死の報を受けて描いた遺影だ。この絵に「衝撃を受けた」美術家の辻耕さん(49)のプロジェクトで、「もう一つの戦争画」といわれる作品に向き合い続けて模写した作品とともに展示し、問いを発している。
辻さんは東京芸術大学美術学部油画科卒業、同大学院修了。東京芸大先端芸術表現科プロジェクト講師などをつとめてきた。最初に「育夫像」を見たのは2003年NHKの番組「さまよえる戦争画」で、「自分は魂を込めるような強い動機で絵を描いたことがあるかと思った」。
絵画と社会とのかかわりを自問し卒業制作の自画像もビデオアートにした辻さんだが、久しぶりに絵筆をとった。2011年には大川美術館を訪ねて実見、写真をもとにさらに模写を続けた。
「有名な画家だった登之が、育夫戦死の報を受けた絶望感。絵によって救われようとしたのか、画面に碁盤目を入れて写真を忠実にトレースしている。画家として、父として、息子に近づきたい、しかし8月15日の日記に『犬死にに思われて悲し』と書くなど思いは複雑で、肖像画も未完成のままです」
納屋の板をはがして描いた青い背景の一点は満足できたのか、裏に育夫の経歴を書き並べて「為英霊 永代保存」と結ぶ。そしてその年12月、「強度の精神疲労によって誘発された白血病」で急死してしまうのだ。
「僕は育夫像を描いても育夫は描けない。70年の時間を経て破れや汚れもある絵との距離をはかりつつ、制作してきました」と辻さん。桐生に通って見るたびに絵は違って見えた。「公ではない小さな声を集めるようでもあり、父の子への思いというシンプルだけれど普遍的な、大事なものを思い出させてくれる」と感じ、後世に語り伝えてくる絵の力を再認識している。
登之の日記や育夫から妹への手紙類、家族の写真などの資料もそろえた会場には、初日から幅広い世代の観客が多数訪れて熱心に見入っていた。辻さんは画家の心に近づこうと、随時一隅で公開制作をしている。
同展は戦争を知らない世代8人のグループ展で、「戦争画」にさまざまな角度から迫った成果を発表するもの。20日まで(午前9時半~午後5時、11日は午後8時まで、最終日は同1時半終了)、入場無料。
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