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人間らしい心を取り戻す

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 門前町には参道の清め方がある。両側の店がそれぞれ道の中央より少し向こうまで掃き、一番きれいになったところを参拝者に歩いてもらう。昔は、手伝う子どもに必ずそう言って聞かせる年寄りがいたと、これは亡くなった永六輔さんが、どこかの雑誌に書いていた話である。

 鬼籍に入った表具職人が生前に和紙の興味深い話をしてくれた。「昔はね、巻き物に使うと分かれば巻きやすいように漉き方を工夫してくれる職人がふつうにいて、そういう時代に集めた和紙が、いまでも私の仕事を支えてくれている」のだと。

 他者に対する心遣いや、仕事と向き合う態度とは、どうあるべきなのか。二つの話には、いまでも教えられることが多い。

 私たちの暮らしは他者によって支えられている。お世話になっている人にどうすれば喜んでもらえるか。いいモノを作ってもらうために自分が果たす役割は何か。それを想像し、研鑽を積んで、共に喜びを分かち合っていく。話からはそんな人々の姿が見えてくるのである。

 ただ、これを単なる昔話と流したくはない。なぜなら人間社会における基本的態度は、時代を問わず普遍だと思うからだ。

 そう考えなければ、例えば昨年12月にJR西日本の「のぞみ34号」の重大インシデントを引き起こした事態を正す道は見つからないのではあるまいか。

 走行中の車両の台車から破断寸前の亀裂が見つかった問題である。同社の調査によれば、製造元の川崎重工が台車の外枠の底面を基準以上に削ってしまったために強度が不足したのだという。その事態を招いたのは現場の判断だった。多くの人命を預かる車両の台車を必要以上に削ってしまう判断とはいったいどのように生まれたのか。そこが理解に苦しむところである。

 いま、多くの企業で不正が露見し、日本のモノづくりの信用が失墜しかけているが、この構造の根は深い。もはや手順の見直しや意識改革の徹底を唱えれば済む話ではないだろう。

 これは明らかに、従事する人の心の安定と密接だと感じるのだ。日本のモノづくりの現場において、例えば隣の仕事を思いやる配慮に欠け、やりがいを分かち合うことなく、時間に追われ、結果的に幾つも問題が見過ごされてはいないだろうか。

 人間らしい心を取り戻す。モノづくりの危機の打開の答えはきっとそこにあるはずだ。
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